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150周年挨拶

本日、東京大学医学部並びに医学部附属病院の創立百五十周年記念式典を迎えるにあたり、皇太子殿下のご来臨を仰ぎ、また、かくも多数のご来賓の皆さま、先輩、教職員の皆さま、学生諸君の参加をいただきましたことに、主催者を代表し、心から御礼を申し上げます。

既に総長のご挨拶にありましたように医学部の発祥は1858年、安政5年、83名の蘭医の拠金により設立された、「神田お玉が池種痘所」に遡ります。種痘所という名称ですが、単に牛痘、種痘だけでなく、発足当時から人体解剖の実習を行っていました。記録によりますと、江戸幕府時代の最後には既に物理、化学、生理、病理、内科、外科などの講義と実習を行っており、この頃は名称も医学校と変わっておりました。医学校はその後、歴史的変遷を経て、1877年、明治10年に法、文、理の三学部を持つ東京開成学校と合併し、我が国初の総合大学、東京大学となったわけであります。江戸時代の末期に天然痘の治療を進める傍ら、基礎的学問の修得を体系化した当時の蘭医や洋学者の慧眼に敬服するものであります。

150年の歴史を振り返ると、タールによる発ガン実験で国際的に著明な山極勝三郎教授を初め、感染症、免疫、神経などの分野で世界に誇る独創的な研究成果を挙げた多くの先輩諸先生がいらっしゃいます。また、感染症の研究や治療で殉職された教授や看護師の方々、青春の途上で思わぬ死を迎えた方々、自らの体を貴重な全身骨格標本として提供された解剖学教授を初め、多くの先輩方の壮絶な生と死を垣間見ることが出来ます。そこから私たちが引き継ぐものは一体何でしょうか。

現在、東大医学部は基礎医学、臨床医学、社会医学、また、健康科学・看護学などの幅広い分野で研究と教育を行っており、さらに、附属病院では、一日3000名を越える外来患者を診察しております。全国には80を越える医学部、医科大学がありますが、東京大学医学部の最大の使命は生命科学と病気に関する研究を発展させ、次代の医学研究者を育成することです。それは「明日の医学」を作ることであり、新しい診断法、治療法や疾病の予防法の開発、さらには高齢者や生活弱者のQOLを高める医学の発展となり、また、開発途上国への実効ある医療援助にも繋がると思います。

ところで、医学研究では分子生物学の大きな発展、他分野との学際的融合により、生命現象への基礎的な理解が進むと同時に、画像診断、遺伝子治療、抗体治療、再生医療、人工臓器などの医療技術が飛躍的に進歩しております。他方、社会に目を転じますと、地球環境の悪化、格差社会の拡大、社会保障の崩壊などが急速に進みつつあります。実際、GDPに占める医療費はOECD参加30カ国中の21位にありますし、人口あたりの医師数も30カ国中26位と低下しております。今、医療現場は危機に瀕しており、この病態を正しく診断し、適切な治療が行われないと、この国が長年培ってきた「最新の医療を貧富の差無く、万人に保証する」という世界に誇る医療制度は音を立てて崩れて行くでしょう。医学研究と医療技術がどんなに進んでもそれを支える社会の仕組みがなければ、その技術の応用は極めて限られたものとなり、それはやがて健康な社会全体の崩壊へと繋がる事は言うまでもありません。

この激動の時代に生きる私どもの責任は重大です。50年後に医学部創立200周年が刻まれるとき、今の時代は、そして私たち一人一人の行動はどの様に歴史的に評価されるのでしょうか。大変身の引き締まる思いが致します。易きに時代に流されず、命と健康を守るという大切な道標を見失わず、本学での研究を発展させると同時に、微力ながら日本全体の医学、医療の革新に力を注ぐ決意を申し上げたいと思います。

最後になりましたが、本日ご参加の全ての皆さまが、今後も東京大学医学部、附属病院の発展にご尽力あるいはご支援を賜り、また、叱咤激励を頂きますようお願いして、御礼のご挨拶と致します。

平成20年5月9日
東京大学医学部長 清 水 孝 雄